卒業生の声_001


The Interview with Graduates 001
自分本位で生意気だったという中学時代。仲間を思い、努力こそが自分の歩んだ人生を肯定してくれると考えるようになった転機とは。

髙田 淳平 さん

日本体育大学 体育学部
体育学科 4年


普通科 アスリートコース
(2018年度卒業)


生意気だった中学時代
中学生の時はサッカーでクラブチームに所属し、全国大会で得点するなど活躍したが、県下の強豪校への進学かなわず、神戸国際大学附属高等学校へ進学した。

今思えばメンタルが幼く自分本位で生意気だった。

人一倍努力した理由
高校では1年次から学年キャプテンに抜擢された。これが、自分が変わるきっかけとなった。もともと人を引っ張っていくタイプではなく、失敗を避けてばかりだった。先生からの細やかな指導によって、指示より前に行動すること、自分が率先して取り組むことを常に心がけるようになった。自分がやらなければ誰もついてこないという思いから、人一倍努力し、誰よりも練習に励んだ。

チーム全体を考える
高2のとき、試合中に大ケガをし入院生活を強いられた。ネガティブにとらえても仕方ない。それまでプレイするばかりで観たことがなかったサッカーを観戦するようになった。プロの試合は教科書。ただ観るだけは勿体ない。気づいたことをノートにまとめるようになった。その戦術、戦略、人の配置など技を磨くだけでなくチームで戦う面白さに気が付き、監督をしてみたいとも思うようになった。その後はチーム全体を盛り上げようと伸び悩むチームメイトには声を掛け励ました。それまでは自分自身が努力することだけに注力したが、チーム全体を考えるという新たなエッセンスが加わった転機だと言える。今になって、高校生活における学業や人間関係、恋愛など様々な経験が自分自身のエッセンスとなり、自分の生きる道をつくっているということを感じている。

努力すれば見てくれる人がいる
卒業後、仲間と集まると選手権の話題になる。選手権出場は叶わなかったが、みんなの記憶に残る大会になっている。何よりも努力したから、だから記憶に残ったと思う。思うような結果は残せなかったものの、試合を見てくださった方から声がかかり兵庫県選抜に選ばれた。努力すれば見てくれている人がいる、兵庫県選抜を目標にしたわけではなかったが、プロになる夢に近づいた。

先生の勧めでレベルの高い関東サッカーを経験すべく日本体育大学へ進学を決めた。大学では強豪校から選りすぐりのメンバーがそろい、自分が小さく感じた。それでもプロに行くと宣言し、朝練前の自主練や徹底した食事管理、筋トレ、できることに全力で取り組んだ。数百人いる部員の中で目立たず、監督に名前も覚えてもらえなかったところから、数年かけて学内の最上位チームにまで登りつめた。努力し続ければ見てくれている人がいる、高校時代の成功体験があったからこそ、大学でも努力し続けることができた。


何度もの大ケガに見舞われ、今現在も骨折で2か月以上練習に参加できずにいる。それでもプロは諦めていない。誰かに夢を与えたい、そんな思いがある。

 ゆくゆくは母校のサッカーチームを全国に導きたい。選んできた人生が正解だったと思えるまで努力するんだということを生徒たちに伝えたい。それが恩師と両親への恩返しになればと思う。

 


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